第七官界の中心で咆哮する

イチオシのカナダ発ポストアポカリプスBL小説『Fallocaust』をはじめ、英語のM/Mロマンス(BL)を中心に、BL小説などをレビュー。

【ポストアポカリプスBL 翻訳】Fallocaust《ファロコースト》第1章 Part 1/2

み、みんな〜〜〜! 作者に「Fallocaustが最高すぎて日本でも流行らせたいので導入部を翻訳させてほしい」と頼んだところ、快諾していただきました!!!😭😇🙏

嬉しすぎる〜〜〜〜!というわけで光の速さで翻訳しました。ぜひ読んでください!続きのPart 2は今校正を頼んでるのでできたらアップしますね。人物紹介(イラスト付き)等は過去記事にありますので、気になる方はご覧くださいませ!

ちなみに『Fallocaust』はKindle Unlimitedでも、普通のKindleおよび紙の書籍でも読めます。そして「なか見!検索」で9章冒頭までお試し読みできるという太っ腹ぶり(本文の10%が自動的にサンプルになるらしいのでAmazonの仕様みたいです)。

 

Kindle Unlimitedで読めるよ!↓

 

 人物紹介(イラスト付き)↓

tanith.hatenadiary.org

 

 

あらすじ

230年以上前、狂王サイラスによってもたらされた大破壊《ファロコースト》により人類の大半が死に絶え、地上は焦土と化した。
放射性物質に汚染された《灰色の荒野》グレイウェイストには奇形生物が跋扈し、飢えた人々は人肉を食い、死と暴力が蔓延していた。

 《灰色の荒野》グレイウェイスト居留地アラス。住民から恐れられ遠巻きにされる危険人物・リーヴァーは、死と暴力が支配する荒野で冷酷で強靭であることを誇りとして育った。そこに現れた他の住民の誰とも違う一人の少年・キリアン。リーヴァーはなぜか目が離せないその少年を密かに尾行し始めた。その好奇心がどのような運命にふたりを投げ込むかも知らずに

 

 第1章 での注意が必要な表現に関して

人死におよび人肉食に関する回想があります。性描写はありません。

 


 

 

Fallocaust《ファロコースト》第1章 Part 1

第1章 リーヴァー
 
 彼にふりかかる火の粉は全て払ってやる。そう言いたいが、この世界に災難から逃れられる者などいない。だが、少なくともこのブロックに住む誰より彼の身辺に目を配っているとは言えるはずだ。何もあからさまなことではなく、人の目がある場所から離れるときにはこっそりと付いて行ってやり、食料や水が不足しないように気を付けてやっているだけのことだ。一年のうちでも今は暑い時期だ。そしてここは乾燥した峡谷地帯なのである。
 彼の名はキリアン。俺がどうしても守らないではいられないやつの名前だ。むこうとしては余計な厄介者が付いて回るのは迷惑だろうが、彼がきちんと自衛できると信じるにはまだ早かった。キリアンの両親は “《灰色の荒野》グレイウェイスト” 育ちではなく、アラスに来たのはほんの一年ばかり前のことだ。住む場所と子供を育てる環境のために働き、安全に気を配るごく普通の家族だった。
 俺たちの住む小さな町、アラスは “ブロック” と呼ばれる居住区で、ごく限られた人々にはブラックサンズに行く前に立ち寄る安全な町の一つとして知られている。ごつごつとした岩が何マイルも続く荒地は《灰色の荒野》グレイウェイストを蹂躙するレイバーやモンスターからの守りに最適であり、この町をその懐深くに隠している。その一方で孤立した立地により、王都スカイフォールからの物品はもとより、アンヴィルのような大きな町からの伝聞も稀だ。
 まあ、何事もいいことずくめとはいかないものだ。俺はといえば、外の世界で何が起こっているかなどには全く興味がない。自分とキリアンの安全な生活を守るので十分に忙しいのだ。
 
 そう、そのキリアンの話に戻そう。この家族は数名の傭兵を伴ってこの町に現れた。距離と道中の危険を考えると護衛を雇うのにひと財産かけたに違いない。当初は彼に目もくれなかった。その頃はこの地域の探検に明け暮れており、彼の存在に気づくほど街中に留まってはいなかったのだ。彼は少し無口に過ぎるだけの痩せこけた金髪の子供に過ぎなかった。しかし今では彼から目を離すことができなくなっている。
 俺が一定の距離を置いているのは、彼が他の住人たちに倣って俺に近付くべきでないことを知っているからだ。キリアンは、この終末を迎えた後の地獄において可能な限りにおいて軟弱であると言っていいだろう。銃の撃ち方も知らず、唯一の特技は周囲から見えない透明人間になることぐらいか。
 見目はなかなかだが、それは特技とはいえないばかりか、かえって欠点にすらなり得る。荒野の住人にとっては、見目麗しい人間アリアンは強姦して食料にする格好の標的なのだ。キリアンは母親と同じくすんだ金髪と深い青色の目をしている。その深い青は、廃墟から漁ってきた本のなかだけに見られる色、爆弾が濁らせる前の空はこうだっただろうかという色だ。彼が微笑むのを何度か見たことがある。目を留めたきっかけはそれだったかもしれない。他の住人たちとは違い、彼の歯は骨のように白かった。身だしなみに気を使うようなやつは他にはいやしない。廃墟を漁って歯磨き粉やらその類のものを見つけているのだろう。あんな笑顔を見たのは初めてだった。今やこの世には笑うほどのものなど有りはしないのだから。
 何がそんなに嬉しいのかは知らないし特に興味もないが、そんな笑顔を見せる明るさに魅了された。俺が笑うのは誰かの喉笛をかき切るときだけだが、彼に注目するようになるにつれ、よく心の中で微笑むようになっていった。
 ここに住む他のやつらは、控えめに言っても全く堪え難い。右も左も分からないような馬鹿どもだ。読み書きもできず、レイバーと違うのはフォークやナイフを使うことぐらいだろう。だがキリアンは違う。彼は何やらものを知っているようで、新鮮な気持ちにさせられる。まだ遠くから見ているだけだが、俺にとってはそれが当たり前だし、人と話すのは何としても避けたいほど嫌いなのだ。
 前にも言ったように、ここの住人はみな俺を避けることを知っていて、キリアンもそれをわきまえていた。俺の存在など無いかのように振舞い、こちらも同じように無視していた。俺は歩哨の仕事をこなしながら見張りをし、彼も両親と共にここに来て以来、あの笑顔を浮かべ、妙に明るい様子で行動していた。
 だが、やはりその明るさはこの世界にはそぐわず、この世の現実がキリアンを捕らえることになる。
 両親を食ったときから、全てが変わったのだ。
 
 アラスのリーダーであるグレイソンは俺の育ての親で、このブロックには珍しくまともな教育を受けた人間であり、それなりの道理をわきまえていた。だからキリアンの両親を撃ち殺す前に、パートナーのレオにキリアンを散歩に連れ出すように言った。
 キリアンの両親はトライデスという病気に罹っていた。悪くなった貯蔵肉を食べたことが原因だ。この病気にかかった人間を前にも見たことはあったが、それでその酷さが減じる訳ではない。激しい嘔吐と暴力的な体の震え、腐った皮膚が焼ける音が聞こえそうな高熱……。あの臭いを忘れることはできない。
 死が避けられないことはみな分かっていた。長く生かしておけばおくほど彼らの肉が悪くなってしまう可能性が高かった。ここでは食料は常に不足しており、良い肉を無駄にすることはできないのだ。
 愛用のM16ライフルでは後始末が面倒なので、グレイソンの10mm ピストルを受け取った。派手な流血を好む俺なら選ばない武器だが、今回のようなデリケートな事案(とグレイは言っていた。俺の言葉でないことを申し添えておく)には必要なことなのだろう。
 あの時のことははっきりと覚えている。母親は目を閉じており、顔は汗ばんで顔色は青ざめた灰色に変色し、隔離小屋の中で激しく震えていた。父親の方は吐瀉物を喉に詰まらせてすでにほぼ死んでいるような状態だった。
 躊躇いはなかった。今まで一度も躊躇ったことなどない。
 頭に一発ずつ、グレイの要望通り中身の飛び散りは最小限に留めた。痙攣が収まると、グレイソンは解体作業員を呼んでキリアンが無残な死体を見ずに済むよう処理場に運ばせた。
 そうして次の配給日にはみなが良質なアリアンの肉を受け取ることになった。まあ、キリアン以外のみんなということだが。
 キリアンが夜通し泣き叫ぶ声は俺の家の地下からも聞こえた。そのせいでなかなか寝付けなかったが、薬を口に放り込んで眠りについた。次の朝起きてみるとキリアンはもう叫んではいなかったが、それ以来彼の笑顔を見ることはなかった。彼の後をつけ始めたのはこの時のことだ。
 キリアンはほとんどずっと地面を見て過ごし、前を見もしなかった。ほとんど話もせず始終鬱々と萎れていた。
 人の死を嘆くことに何の意味があるのだろう。俺には分からない。俺の方はとっくに両親を食っていた。この世界での一生は短い。俺の知る人間たちはみな、ある時点で親兄弟や子供を食っていた。スカイフォールでは違うのかもしれないが、《灰色の荒野》グレイウェイストではそれが当たり前だ。
 キリアンの慰めとなったのは本のようだった。見たところちゃんと読めているようだ。彼は地面を見つめながら足を引きずって歩く代わりにぼろぼろの本に没頭した。
 そして今日ここに来ているのもそういう訳だった。
 
 いつものごとく距離を保ちつつ、アラスを取り囲むようにごつごつとそびえ立つ赤い岩の上に座ってキリアンが本を読むのを見ていた。愛用のM16はいつものようにしっかりと装填され、すぐに使えるように配置してある。コンバットナイフは足首に一つ、前腕に一つ、そしてベルトの鞘に一つストラップでくくりつけてあり、こちらも即座に使用可能だ。キリアンと違って俺には見張り役が付いていないので、どこに行くにも隙なく武装している。
 耳の後ろに挟んでいたタバコを取ると古いガスライターでそれに火を付け、キリアンがぼろぼろの本のページを繰るのを見ながら、今朝手榴弾を入れたのと同じズボンのポケットにライターをしまった。
 このグレイウェイストで起こるどのような事態にも対応する準備ができている。携帯できる限りの武器、そして衣服の選択に到るまで、俺の身に付けるものは全て戦闘を想定している。いつもの黒い防弾ベストは防具であると同時に寒い時期には防寒具にもなり、ベルトで胸にぴったりと調節できるので機動性を削ぐことはない。黒のミリタリーパンツには半ダースもポケットがあり、必要なものを隠しておくことができる。服の布地は厚いが、皮の膝当てと肘当てでさらに防備を固めていた。
 対照的にキリアンの方はといえば、身につけているのはどこかで見つけてきた黒のジャケットと古いジーンズのみだ。このガキはどうも自殺願望があるらしい。崖の上から渓谷を覗き込む様子も気に入らなかった。
 また一息タバコの煙を吸い込み、煙を口の端から吐き出しながら観察するに、まだ俺には気付いていない様子だ。もし気付いていたとしても、こちらを見上げてそれを知らせるようなことはしないだろうが。
 キリアンは布の上の干し肉と古いソーダのボトルいっぱいに入れた水をそばに置き、ここより下方にある岩に座って読書を続けていた。気に障ることに、いつものごとく全くの非武装でだ。俺が護衛しているからいいものの、町の防御の外に銃どころかナイフの一つも持たずに出るのは自殺行為もいいところだ。全く馬鹿げた行動だが、もし俺が彼を絶対に一人でブロックの外に出したりしないということを分かってやっているのだとしたら、思った以上に賢いのかもしれない。
 そうして座って考えている間に気付いたのは、俺たちがまだ一言も言葉を交わしていないということだ。誰もが俺から距離を置いており、俺もやつらに近付きはしない。やつらが俺を避けるのは敬意というより恐れからだろう。冷血で残酷な危険人物であるというのが俺の評判だったし、それを否定したことはない。ただキリアンがどう思っているかについては全く見当がつかなかった。尋ねはしなかったし、キリアンも何も言いはしなかった。両親が死んで以来、促されない限り誰に対しても礼儀正しい挨拶以上の言葉を交わすことは稀だった。
 乾いた唇を舐め、静かに腰に下げたスキットルの蓋を回し開けて口に持っていったところで、水を入れてくるのを忘れたことに気づいて顔をしかめた。苛ついてスキットルで膝を打つとキリアンがソーダボトルから一飲みするのを眺めた。
 こいつときたら、食べ物や飲み物といった類のことは忘れやしない。こっちは丸腰の馬鹿が缶詰の肉されないようにやきもきするのに忙しいってのに。
 苛立ちを払い落とすと、募るのどの渇きを無視してキリアンの監視を続けた。別の人間であればとっとと飛び降りて彼の水を取って飲んだだろうが俺の柄ではない。先に言ったように、俺たちは一言も喋ったことがないし、なぜかそうし続けなければいけないかのように感じていた。どっちにしろキリアンにはそれほど話したいことはありそうにも思えなかった。
 いや、もしかしたら話すことは沢山あるのかもしれない。おしゃべりなやつらの話は大抵中身がないものだが、物静かなやつはその限りではない。
 キリアンは他のやつらとは違う。彼は若いが寡黙で、そこが気に入っている。本を手に取れば何時間も没頭し、無駄なおしゃべりはせず、音も立てないことには感心した。俺にとってもひとりきりであることは身に馴染んでいる。周囲に広がる赤い巨石は古くからの友だった。この《灰色の荒野》グレイウェイストを自分の領地だと想像して岩々の上から見渡しながら、長い時間を沈黙のなかで過ごすことを好んだ。
 これほどの眺めは、ここと親友のレノの小屋の他にはない。高い岩に登れば険しい峡谷が何マイルも広がっているのを見ることができる。アラスの北側に広がる渓谷は、経験豊かなものだけが五体満足で通り抜けることができる天然の要塞だ。
 南側は工場と廃墟が連なり、恐ろしいモンスターが徘徊しているので誰も近付かない。たまに軍兵団ギオンの兵士を撃ちに行くことはあったが、そんなことをするのは俺とレノだけだ。やつら軍兵団ギオンでの俺の評判はなかなかのもので、誰も素早く動く俺の姿を見た者はおらず、 “レイヴン” という渾名で呼ばれている。
 眼下に広がるノコギリの刃のような峡谷を見渡せば、時折遠くて鳴き声をあげる虫を除いては生き物の気配は何一つない。俺はニヤリとするとキリアンに素早い視線を投げた。いたずらを仕掛ける間、何も近寄ってこないことを再度確認する。
 彼が本を読み終えるまで何時間も喉がからからのまま過ごす気はなかった。空から熱い日差しが照りつけている。夏が始まったばかりの暑い盛りであり、何か起きたときに熱中症で倒れるのは得策ではない。というのが、少なくとも俺の言い訳ではある。
 物音ひとつ立てず動いた。俺の動きはいつも静かだ。峡谷で大きな音を立てるのはさして難しいことではなく、油断すれば自然は一瞬で危険な敵に変ずる。だが馬鹿なラットや放射線で頭がやられたレイバーと同じに考えてもらっては困る。人生の半分をこの峡谷で過ごしてきたのだ。そしてそう望むときには、俺の存在は影になる。
 音もなく登ったときと同じように岩をくだると、下の岩床に軽い足音と共に着地した。動きを止め、キリアンが気付いたかどうか耳を澄ませるが、その気配はない。むろん気付くはずもない。レイバーやラッドアニマルが首に息を吹きかけようとも本から目を離しはしないはずだ。
 キリアンの居る高さまで登っていくと、彼がもたれる岩の小山の反対側、ごつごつしたその岩肌に背中を押し付けた。静かに砂埃を払うと岩の向こうの彼が居る方を見やる。午後の日差しが落とす彼のシルエットと問題のソーダボトルが見えた。まさしく俺が狙っているものだ。
 ひとり微笑み、唇を湿らせる。キリアンの手が岩の下から伸び、ボトルをつかむのが見えた。彼が口をつけるとペットボトルがぺこりと音を立て、次に元あった場所に戻す音がした。
 完璧なタイミングにほくそ笑んだ。振り返って、キリアンにこっそり近付く間に何も背後に忍び寄ってこないことを再び確かめると静かに歩を進めた。
 何一つ気付いていない少年に軽い忍び足で近付く。あまりに静かなので、彼の唇から漏れる息の音を聞くことができた。近付くにつれてキリアンの体の隅々までよく見えてくる。彼の後頭部は鷹が己の領地を睥睨するかのように完璧に静止しているが、覗き込んでいるのは獲物ではなく本だ。彼の心は遠く素晴らしい世界に運ばれているのだろう。木々は青く動物たちの毛はきれいに生えそろい、食べ物は見たこともない彩りにあふれ、親切で好ましい人々がいる世界。
 もう地上のどこにも存在しない世界。もしかしたらスカイフォールにはあるのかもしれないが、《灰色の荒野》グレイウェイストにはありはしない。俺は王の支配する島に行ったことはなかったし、これからも行くことはないだろう。
 キリアンの金髪は日差しにきらきらと輝いている。金の房は耳より長く垂れ、本を読むときにはいつも顔にかかる髪を耳の後ろに撫で付けていた。彼の髪は清潔で、ここからでも石鹸の匂いがした。なんと違う匂いがするのかと一瞬苛立ちを感じる。ここからスカイフォールまでの全てのラッドアニマルをその匂いでおびき寄せそうだ。しかし、これほど陶酔させる香りを嫌うことはできなかった。
 彼の異質さに引きつけられていた。ブロックに住む大抵のグレイウェイスターのようなひどい臭いを嫌っていることも。俺はなるだけ清潔を保つようにはしていたが、粗末なバスタブで湯浴みするよりやるべきことはいくらでもある。俺は歩哨であり、その仕事は監視だ。いちいち泥をきれいに落としてはいられない。
 というのが俺の言い訳だが、少なくとも大狼デーコンに餌をやった後に手を洗うくらいはしている。
え? 俺は誰に褒めてもらおうとしているんだ? キリアンが俺をどう思おうがどうだっていいはずだ。目を合わせたことすらほとんどないってのに。
 とはいえ
 自分の手が、キリアンの金の髪に向かってぴくりと動くの感じた。梳いたら指の間でどんな感触がするだろうか、と束の間夢想する。唇を舐めると、ここに忍び寄ったそもそもの理由を自分に思い出させた。ソーダボトルに視線を移し、にやりとする。
 キリアンは全く気付いていない。二歩と離れていない距離だったが、それでもだ。本に夢中で上の空。これには常にいらいらさせられる。今この瞬間、背後から忍び寄って喉を掻き切り、何が襲い掛かったのか気付きもしない間に大狼デーコンがラットを食うより早くこいつを食ってしまえるだろう。
 干し肉を手にとって齧るキリアンを身をかがめて見ていた。まるで今すぐにでも飛びかかろうとでもいうように。もしそうしたければ今すぐ手を伸ばして彼にさわることができる。二人の間を隔てるのは、数フィートのちょっとした赤岩の小山と黄色い草の茂みだけだ。
 右手を岩に添えると体を前に倒して空いている方の手をソーダボトルの方向へ伸ばした。ちょうどその時、キリアンは大判のテキストのページをめくった。俺は即座に動いた。めくったページが反対側に着く前にボトルは消えていた。次の一瞬で俺の姿も消えた。キリアンが気付いたかどうか確かめるために留まりはしない。ボトルを手にするやいなや影の中に舞い戻り、次の瞬間には元いた岩の上で《灰色の荒野》を眺めていた。
 漆黒の髪をかきあげ、何も知らない少年がページを繰るのを眺めてほくそ笑む。キャップをひねると戦利品に口付けてたっぷりと飲み、満足げに音を立てた。
 キリアンはその音に驚いて少しばかり飛び上がったが、振り返ることはしなかった。
 「やっと気付いたか」とひとり呟くとがぶりともう一口飲んだ。
 キリアンは頭をかくと小さなため息を漏らした。テキストから目を離さずにかたわらの水のボトルを手探りする。ぴくりと動きを止め、本から目を離すと背をそらして小山の傾斜が下り始めるあたりを見渡し、ボトルが見当たらないことに気付くと姿勢を戻した。
 読んでいた本を閉じると、この不可思議を理解しようとしているかのようにその姿勢のまま完全に動きを止めた。
 俺はにやりとし、思わず忍び笑いを漏らした。キリアンは振り返るとこっちを見上げた。俺は素早く目線を外し、谷底を熱心に観察し出した。
 目の端でキリアンが顔をしかめるのが見えた。俺が得意に思うほど、この早業に感銘を受けてはいないようだ。キリアンは今にも何かを言いそうに見えたが、不意に動きを止めた。軽く岩を踏みしめる音を聞いたのはその時だ。危うくソーダボトルを投げつけるところだった。
 俺は動きを止めると耳を澄ませた。キリアンも気付いており、怯えた視線を投げると立ち上がった。岩床に着地すると伏せ、流れるような動作で素早くM16を取り、射撃位置に付けた。鼓動が早鐘を打ち、キリアンと自分の間の距離を痛烈に意識し始めた。
 考えるまでもなく、こちらに向かってくる何かがキリアンに襲いかかる前に仕留めるのは不可能だと悟っていた。また、この位置からキリアンのところまでジャンプするには遠すぎるということも。良くて骨折というところか。あらゆる罵り言葉を呟きながら、侵入者が現れるだろう岩の角にライフルの銃口を向けていた。
 何であろうと向かってくるものを撃つしかない。キリアンが俺と獲物の間に立ち塞がらないだけの分別があることを祈るのみだ。
 音が止まり、俺は息を止めた。悪態をつくと腹ばいに断崖の端まで進み、目を細めて銃を握り直す。獲物が岩の後ろから姿を現し、射程に入るのを待った。
 

                (Part 2に続く)

 


 

(ブログ主コメント)

 キャーーー危険人物リーヴァーにストーキングされているキリアン少年はどうなってしまうのでしょう! リーヴァーはキリアンを守りきれるのか……! そして、 この荒涼としたポストアポカリプス世界。人類の版図は今や王都スカイフォールと《灰色の荒野》に点在する都市だけであることが伺えます。人類は廃棄物と廃墟に手を入れて、ファロコースト《大破壊》前の遺産と奇妙な生き物を家畜にしてどうにか食いつないでいるような状態です。見慣れない固有名詞が出てきますが、この後リーヴァーがちょくちょく説明してくれますので、ご忍耐のほどを。お察しにようにリーヴァーの興味範囲はかなり限られているため、よく分からないことがかなりありますが、それも後々判明してくるのでご辛抱くださいね〜。また、誤字脱字、意味がわかりにくい部分、その他ご指摘などありましたらコメントやツイッターなどでお知らせいただければ幸いです。

 

Part2 はこちらです。

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